生の鶏卵が書く日記

ブログタイトルは仮です

息苦しさ

結局なんでブログ書いてるって、SNSが息苦しいからだ。古くから相互フォローしてる人たちばかりで、鍵アカウントとはいえ、変に気をつかう。書きたいことが全然書けない。
好き勝手書く場所が欲しかった。
SNSは、匿名だけど、匿名じゃない。まったく知らない人たちの集まりじゃない。どういう考えをもっていて、どういうことが好きなのかだけは知っている。変なこと書いて嫌われたくないってのが先に来て、当たり障りのないことで濁す。
きっぱりやめればいいのかもしれないけれど、それも味気なくて、しがみついている。結局は毒舌な批評家気質の嫌なやつなのが自分で、それを取り繕うとするから疲れる。

アンチ

わりと好きだったけど、だんだん好きじゃなくなって、そこから普通に戻れたらいいんだけど、どうしてかアンチになってしまう。
期待を裏切られたって気持ちになるからかな。
でもやっぱり好きだったころの思い出があるから情報を追っちゃって、ますますアンチ化してしまう、と。
前から下手だったけど、手癖がひどくなって余計に下手になってない?とか、知識のひけらかしが鼻につく、とか。
なにも好き好んでアンチになりたいわけじゃないんだ。
ただ興味ないって状態に戻りたいね。
最近はどこでも、嫌いなものの話ができなくて窮屈。
確かに自分が好きなものを悪く言われるとむっとするから自分でも書かないけど、なんかみんなお行儀いいね。

そんな自分はモテないアピールがすごい

ネットの海で昔の知り合いを見つけることってありますね。オタク界隈にずっといるとそういう場合が多いんじゃないでしょうか。オタクってついったーやってるし(偏見)
で、昔の知り合いを見つけたのだが「オタクだけどモテる自分アピール」がすごくてびっくりした。
昔はそんな人には思えなかったけど、実はそういう人だったのか、それとも付き合いのなくなった数年の間に変化したのか。
接客業で客から口説かれたとか、ミニスカ履いてるとか、そういうアピールがすごい。
なんか結構読んでて引いてしまったので、身近にいたらもっと引いてたと思うので付き合いがなくなって正解だったかなー、と。

働くからこそ金がかかる

と、ほとほと思うのだった。
働いているとストレスで「これくらい買ってもいいだろう、買わないとやってられない」という気持ちになり、退社後に店に駆け込んでしまう。
実際ニートだった時代はそんなにお金がかからなかった。買い物しなくても生きてゆけた。そこで息してクソしてる時点で金がかかってるんだよ!!!とは思うのだが、必要経費が少なくてすむ。
だから働いていないほうが節約になると思うんですよね。
ニート時代が懐かしい。ずっと休んでると飽きてくるとか言う人がいるじゃないですか。飽きるわけないよね。毎日楽しいしずっと遊んでいられるよね。最高。
宝くじ当たらないかな。小さな望みをかけて毎月スクラッチを3枚買うのだが、600円をどぶに捨てているだけだ。だいいちスクラッチで当たる金額ではニートになれないですね。

2デイズ

オタ界隈のライブイベントの話です。

だいたい毎年行われているライブイベントで、その年は2デイズだった。
土日開催だったので、地方民としては日曜日に帰られないときつい。ので、土曜のみの参加にした。
主催者は面白い演出を考えているというような話をしていた気がする。確か。
1階スタンディング、2階指定席で、前年に体調悪いときにスタンディングで見て途中で開場を出た思い出があったので、その年は2階を選んだ。席がないときつい。
思えば前年はぼろぼろの状態だった。忙しい時期とばっちり重なり、ゲームはクリアできておらずED曲を聴いていない、頼みの綱であったその週発売のサントラCDはライブまでに届かない。おまけに連日忙しいせいで体調も優れない。結果ライブ中に限界が来て、途中で出るはめになったんだけど。まあ持ち直して途中でフロアに戻ったが。
そんなだったので、この年のライブは楽しみにしていた。ちゃんと指定席を選んで自衛もした。
知らなかったのだが、2階席は立ち上がって見る席ではなかった。座って見なければいけない席で、盛り上がる客席が、どこか他人事だったのを覚えている。
そうやって観察する程度には、ライブの間、私は冷静だった。立ち上がれない席だったからではない。
ライブの内容が、演出面を含め、去年の再演だったからだ。確かに私は去年のライブは途中退場せざるを得なかった。だからといって、またちゃんとした形で見られてラッキー、とは思えない。
去年も見たものをまた見ている。不思議だった。まったく同じものをやるために2デイズにしたのか、と。
ライブの終わりは、そのキャラたちが「また明日」と言っていた。
私に明日はない。
例えば普通の音楽ライブで2デイズの場合でも、また明日と言われることはあるだろう。でも私は、どこかすっきりしない気持ちでその言葉を聞いた。
ホテルに戻り、悶々としていた。あとからあとから、不思議な悔しさがこみ上げてきた。ずっと楽しみにしていたのに、私が見たものは、明日に繋がるためだけの再演だった。去年も見たものをまた見ただけだ。
次の日を観ない人のことは、正直どうでもいいんだろうな、と思った。
次の日は、がらりと変えたステージだっと聞く。前日と、いや、去年と対になるステージを作り出したかったらしい。
意図は理解する。しかし、最初にそのアナウンスをするべきだったと、私は思う。1日目のみの参加では、去年とまったく同じものを見せられただけだ。意図が伝わらなかった。
去年と同じだから悪いというのではない。舞台、もしくは映画でもいい。同じものを何度も見る気持ちは分かる。ライブだってそうだ。ライブ映像をブルーレイなどで何度も見るだろう。それは、同じものだと理解したうえで見ているのだ。
ライブだって、それが同じものだと納得して見るなら大いにアリだと思う。

結局、翌年からは、そのライブイベントに行くことはなくなった。
そのジャンルからも、少し足が遠のいた。それまでほど、夢中になれなくなってしまった。
そして今でもあの日の2デイズ初日を引きずっている。2デイズと聞くと、真っ先にそれを思いだす。

好きなものを好きと

まあBL小説を読むのがライフワークになって7,8年たちますね。
あんま作家にもこだわらずにいろいろ読むので、今だとアンリミテッドを使ったりして、常に何かしらを読んでいる。

こだわりはないから何でも楽しんできつつ、その中でも自分が好きだと思う作品の特徴が、ここにきてやっと分かってきた気がする。
なんて言うか、分かりやすい話が好きなんだよね。キャラクターとか物語そのものとか、分かりやすいほうが読んでて楽しい。
感情の流れが分かりにくいキャラや、物語として分かりにくいものでも、きちんと読み込めば分かるんだろうなあと思いつつも、あまりに分かりにくいと読むのが大変。
何でって、だいたい全部がっつり読み込むタイプじゃないからかなー。1回読んで分かるのが好きだ。
まあ読解力の問題だよなあと思いつつも、自分にとってBL小説ってあくまでエンタメ、娯楽なんだよね。言葉は悪いけど、あんま脳みそ使わなくていい娯楽。自分の場合は漫画より小説のほうが脳みそ使わないんで。漫画って行間を読む力、表情から読み取る力を求められない? あれが難しくて、なかなか読まない。
そういう気持ちで読んでるから、分かりにくいものより分かりやすいもののほうが好きなんだよねー。
自分が理解できる範囲じゃつまらんよねって思いもあって、それで、自分にない部分を持ったキャラクターでも、自分が分かるような表現で描写されているのは、すげえよなあと、ただひたすら感心する。
あとは内容もそう。自分が未知の分野について、説明描写が多いとやっぱ内容がなかなか頭に入ってこない。
しかしそれを楽しく読ませる作品って力量を感じて好きだ。
分かる話ってのは、つまり分かるように描写してあるってことだと思ってる。
何度も読むことで味が分かる話なんだろうなと思う話もある。でも、自分としては娯楽だから、やっぱ1回で分かるものに高い評価を付けがち。あと、何度も読むにしても、やはりどこか面白い、気になると思う引っかかりがないと何度も読まんよね。
まあ全部、自分の脳みそレベルが低いって話になるわけだがな。

人の感想はほぼ仕入れん。自分が面白ければいい。
でも、アンリミテッドなんかを使うと、どうしても目に入ってくるし、☆評価も目に入る。
そうすると、自分の評価と真逆なことが多くて、あれ? となることが多い。
なんでこれこんな評価低いの? 面白かったじゃん? と思うものもあれば、逆もまた然り。
いっそのこと、評価を非表示にできないもんか。自分が面白いと思ったものに低い評価を付けられていると結構かなしい。

地雷とか、それに付随する話

たとえば自分がすごく好きな作品があって、それを地雷レベルで嫌いだという人がいるのは理解する。
で、その嫌いだと言っている人がすごく好きだという作品が、私も地雷レベルで苦手だというね。
ということで、面白いと聞いて何度か見てみたり読んでみたりしてもことごとく合わなかったので、つまりそういうことなんだろうなあと。
私は勝手にそういう人のことを逆ソムリエと呼んでいる。
いろいろ学んだので、自分の好きなすきなものを嫌いな人が好きなものには手を出さなくてもいいかなあという気持ち。

感じ方や考え方は人それぞれで、どんなものに対して好意を示すかってのも人それぞれなんだよな~。
とりあえず自分は自分の好きなものを好きだと言うだけです。