生の鶏卵が書く日記

夢はおいしい卵かけご飯になることです

触覚過敏というものを知った

タートルネックが苦手で着られません。首元がぞわぞわする。
マフラーも得意ではなく、しっくりくる巻き方しかできない。アクセサリーも付けない。
それだけではなく、ブラウスの襟が首に当たるのも、ものによっては気になり、始終襟を気にするはめになる。
詰まった丸襟も気になり、つい引っ張る。ということで、冬場でも首元はだいぶ涼しそうな見た目をしている。
首だけではない。袖口も生地によっては袖が当たると痛いので、暑くもないのに腕まくりをしたり。
下着も同様。しわが寄っているのが肌に当たる感覚が気になり、用を足すたびに、裾を必要以上に伸ばしてしまう。しかし今度は伸ばしたことによって肌にぴったり密着し、それも気になるので引っ張ってゆるめたり。そのせいで駄目になるのが非常に早い。
家に帰るとすぐにブラも外すし。
あとは例えば腕を伸ばしたとき、袖も引っ張られるじゃないですか。そうすると二の腕に普段当たらない風に生地が当たるので、それも気持ち悪い。
あとは何だろ。座ったときに腹にさわさわ当たるのも駄目。どうにか引っ張って調節する。
他にもいろいろあるけれど、すぐに思いつくのはこんなもん。
人に触れられるのも駄目。美容室とかで肩のマッサージをしてくれるときがあるじゃないですか。確かに肩凝ってるんだけど、触れられるとほんっとうに、くすぐったくて鳥肌がすごい。

こういう体質は、一般的なのだとずっと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
おかしいなと思っているときに、たまたま、感覚過敏という言葉を知った。自分はその中でも触覚が過敏な、触覚過敏というものではないのかと思う。
これくらいの症状だと、そこまでひどくないのかな。自分ではよく分からない。
ただ、これに関しては発達障害の症状?っぽいので、そういった面を自覚したことのない自分には「?」という感じ。
ただただ感覚過敏だけになる場合ってあるのかしら?
前世が裸族だったのかな? 首元に関しては、前世に首絞められて死んだのかなって思ったけど、全身の問題だから多分裸族。
気が付いたからにはどうにか対策を取りたいものです。せめて下着は全部綿にしてみようかな。ブラは素肌でいるより気持ちいい?みたいなのにしてみたら、さわさわした感覚が肋骨にあたる感じが逆に気持ち悪くて、だったら普通のがいい、となったので、試してみて、自分に合うものを探すしかなさそう。
こういう悩みを抱えている人、他にいないものなのかなー。

仙台アニメフェスに行ってきましたよ

東北初の大型アニメイベントと銘打たれた、仙台アニメフェスに行ってきましたよ。
まあ良かった点と改善して欲しい点をいくつか。
出展ブースしか見ていないのでステージは分かりませぬ。

良かった点
空いていて買い物がしやすい。待たない。人混み嫌いにも快適。
グッズ目当てで行ったが、開場一時間後ほどに行ったら、誰も並んでいない。売り切れもなし。
あとはトイレも待たない。仙台国際センターは多分新しい建物なんだと思うのですが、女子トイレがとても多い。大抵他の会場で大型イベントがあるときは女子トイレが長蛇の列になり、漏れるよ!!となるので、そこは良い。そんだけあるトイレだけれども、誰もいない。
受付の列も建物内なので楽。それなりに並んでいたが、さくさく進むので早かった。

改善して欲しい点
値段。
これは入場料に不満があるわけではないんですよ。
混むから当日券じゃなく前売り買ってねーと書いてあったので、イープラスで買っていったが、案の定発券手数料が取られますね。手数料108円也。
で、いざ会場に行ったら普通に前売りと同じ値段で売られてるんですよ。
しかもまったく混んでない。自分が行ったときは、当日券を買っている人は見なかった。
てことは、会場で当日券を買ったほうが安く付くと。
入場の差はあったんですかね。当日券買ってから、前売り券買った人と同じ列に並んだのか? まさかそのまま入場ではあるまい。
というのも、会場内で唯一少し待ったのが、この入場列。といっても15分くらいか?
さすがに前売りの列を無視して入場させるのはないと思いたいが。
そして後から聞く話だと、仙台駅で割引券を配ってたとか何とか。
つまり前売りをイープラスで買った人が一番お金かかってる。
せっかく最初から行くつもりで前売りを買っていた人が冷遇されるのは何だかなあと思わされた。
数百円のみみっちい差ではありますが、ちょっとどうなのか、と思ったのでした。

 

行った時間帯のせいですかね。
駅から出て会場外を見るかぎり、やっているのか不安になるレベルで人がいなかった。
外に食べ物の屋台も出ていたが、人はいない。座って食べる用のテントと椅子もあったが、使用者ゼロ。
ゲートをくぐり建物内に入り、やっと安心した。人がいたので。
しかし入場列を並び終わって出展ブースに入ると、これまた人が少ない。
どのブースも列はない。しいていうならコナンブースに人がいたかなってくらい。
他はまあー、閑散としていて。展示を見ている人もいなければ、買い物している人もほとんどいない。大丈夫だったのか、アレ。
コスプレオッケーだったらしいが、レイヤーも1人しか見なかった。
結局色んなアニメが好きな人なら楽しめるだろうが、1作品しか好きじゃない身からしたら、買い物終われば用もなく。
すたこらと外に出て、やっと外のテントと椅子に数人が座っていた。
滞在時間、入場列に並んでいた時間も含めなければ、買い物もして10分くらい。一応、出展ブースは1周したが、それで終わった。
袋をぶら下げた人が同じ地下鉄で帰っていったので、そういう人は多かったんだろうな。

ステージは大丈夫だったんですかね。
入場の際にフリーステージの整理券欲しいかと聞かれたが、断ったし。てかあの時間で整理券がまだ残ってたということは、どうなんだろう。
有料ステージの入りも気になる。
出展ブースは正直ハンズのほうが人がいたしトイレも混んでた。

次回開催大丈夫ですかね。
次回があるなら、前売りより得をする当日券はどうにかしてもらいたい。何かそれだけで前売り買った自分がばからしく思えたので。

今朝のプリキュアに寄せて

まほプリOPの歌詞のが大好きで、またプリアラにおいてキュアパルフェが虹色であったことで「まさか……」と思う部分があり、まあその辺りはかなり上手く言語化されている方がいて、「これこれ、このこと!」と大いに同意したわけでありますが。

今日のプリアラは本当に最高だった。
これはかなりLGBTを意識して描かれたお話だったのではないかと感じた。
LGBTに関してプリキュアらしい切り口で、子供にも伝わるように描いている。
大友が百合だ百合だと騒ぐような回ではあるけれど、むしろこれは今この作品を見ている小さな子たちへ向けたメッセージが詰まっていたんじゃないかなあ。
百合とかそういうことよりも、性別を超えてふたりが惹かれ合っていく様をとても丁寧に描いていた。
まだふたりの間にある感情は恋愛感情ではないかもしれないけれど、そうなってもいいんだと思わせる、また、それがおかしいことではないという優しい空気があった。
これを見ている小さい子の中には、確実に将来マイノリティとなる子がいるはずで。
また、すでに違和感を感じている子もいるかもしれない。そんな子供たちを優しく包み込み、また、当事者ではない子たちに向けては、こういう関係も当たり前なのだと思わせる説得力があった。
個人的に良いなと思う部分は、アキラさんは服装は男性的であるけれど、母性の強い性格をしているので、そのまま女性としてゆかりさんを守りたい、好きだ(無自覚でも)という気持ちが溢れている部分。
女性が男性らしい服装をしていたっていいし、女性が女性を好きになったっていい。
そしてゆかりさんは、まだ恋をしたことがないという。
その気持ちが向かう先がアキラさんであるかもしれないことを示唆した。

この回のよいところは、お互いの気持ちを「友情」もしくは「恋愛」という言葉で片付けなかったことにある。
お互いにあるものは確かに「愛」だけれど、まだその愛の種類は分からない。
人は愛し方や痛みが、みんな違う。それはまほプリのOPですでに発信されていたメッセージだった。
こういうメッセージを必要としている人は、確かにいる。
たとえば自分だってそうだ。
CCさくらの世界観を何らおかしいことだと思わなかった。当たり前のことだと受け入れさせてくれた。
その後好きになったアーティストや作家もそうだった。LGBTであることをカミングアウトし、その感性を大事にした作品を届けてくれた。
自分が当事者だと気が付いたのは遅かった。それでも、そういう生き方も当たり前なのだと思えたのは、それまでに触れてきた作品によるものが大きい。
私は腐女子であるけれど、その前提にあるのは、LGBTの中には含まれないにしても、性的マイノリティとしての自分だ。
大好きなCPを萌えとして消費して、それで終わりにすることには抵抗がある。
たとえフィクションの世界のCPであっても、その関係を当たり前だと思ってくれる世界で生きていてほしいと願っている。
つまり、LGBTが異常だと思われるような世界は、現実であってもフィクションであっても存在して欲しくないのだ。

このプリアラを見た幼い子たちが、自分が当事者になった場合、または身近に当事者がいるとしった場合、さらに言うと当事者とは関わりのない方々でも、いろいろな性のあり方が当たり前であると受け入れる土壌の一つにこの作品があるのなら、そんな素敵なことはないと思う。

ブログの存在を忘れる

半年ぶりくらいに上京した。
おいしいものを食べたり、色々なお店を見て回ったりするのは楽しい。
田舎に住んでいるので、同調圧力が辛くなってくるときがある。
誰も自分のことを気にしない場所に一人で行くのは好きだ。
人が多いっていいなと思う。
おいしいものも楽しいところもいっぱいある。

少し前まで、さっさと年を取ってしまいたかった。
でも最近、あまり年を取りたくないなあという気持ちになっている。
これが年を取るということか。

最近はあまりTwitterに投稿していない。
相変わらずTLは見てるけど自分では書かない。
それぐらいがちょうどいいかなという気持ちになりつつある。

疲弊している

何かと疲弊することが多い。
仕事では些細なことでイライラする。誰であれ、相手と関わりのある人には、その相手を悪くを言わないようにしているので、余計に鬱憤がたまる。元々性格が良い方ではないので、言わないとどっかで無理が出る。でも言わないけど。
ある趣味についても、もはや趣味とは言えない、ただの意地になりつつある。楽しくない時点で趣味ではないね。辞め時を探りたいけど、意地でもう少しは続ける予定。
好きだったはずの作家をいよいよ嫌いになってしまってちょっと悲しい。前から、読んではあれ?と思いつつ、たまたまだと思いこもうとしていた。
たまに旅に出れば、まあ色々気持ちがリセットできるので、そろそろ旅の季節だ。定期的に旅に出ないと爆発しそうになる。ボーンと。ちょうど予定入れといて良かった。

少数派

別に今どき生涯独身でも珍しくもない。
自分もいい年だし、親も諦めているものかと思っていた。
しかし話しの流れでついさらりと「結婚しなくてもいいかなと思っている」と言ったところ、非常に動揺され、非常に悲しまれ、悩まれてしまった。

この調子だと、性的少数派であることを伝えることは無理だなと。
どうせそうじゃなくても縁がなくて独身の人だっているわけで、しないかもって言葉だけで、ことさら悲しむことなのか、自分にはよく分からない。
だいぶマイルドに言ったつもりだったんだが。気持ちとしては、結婚しない。話は以上。なんだけど。
親はわりと放任主義で何しててもあんまり何も言わない人なので、カミングアウトしても、受け止めてもらえるものだと思っていた。
だからそのうち、自然な流れでいつかカミングアウトできたらいいなと思ってたんだよ。
親との関係が良好なだけに、ああ、これは一生言わんで墓場まで持ってったほうがいいんだなと。
でもやっぱ苦しいです。私の意思はどこにある。
誰にもカミングアウトしていないし、ネット上では言うけど、別に主張し続けたいわけじゃないからたまにしか言わんし。
自分の給料で一生を生きていくのは厳しいことくらい分かっていて、打算のために婚活をしたこともあったが、やっぱり生理的に駄目ですぐにやめた。
始める前は、金と世間体のために自分を偽れると思ってたんだ。
でも無理だって分かって、何とか今の会社で定年まで頑張ろうかなという気持ちに、今はなってたんだけどな。
やっぱ婚活なんかしたから期待させちまったのか。でも婚活のおかげで自分のセクシャリティをはっきり自覚して腹くくったので、まあそういう意味で、意味はあった行動だと思いたいが。

ところで現在はセクシャルマイノリティではなくてLGBTって言いかたが主流ですね。何かカジュアルな感じがするからか。
でも私個人としてはわりと苦手です。なぜなら自分はそこに含まれていないから。そんなところまでも少数派でいなきゃあかんのか。
でも分かりやすい記号ってことで自分も使うし、少数派という言葉のイメージがよろしくないってところだと思うので否定はしないし、この言葉を使って理解が進むのならいいことだと思いますが。
LやGやBやTの方々を表すにはいいんでしょうが、そこにも含まれていない少数派はどうすればいいんですかねえ。それで何かもやもやするのだった。
虹色という表現が好きで、グラデーションになっててはっきり分けられるもんじゃないと思っているので。

息苦しさ

結局なんでブログ書いてるって、SNSが息苦しいからだ。古くから相互フォローしてる人たちばかりで、鍵アカウントとはいえ、変に気をつかう。書きたいことが全然書けない。
好き勝手書く場所が欲しかった。
SNSは、匿名だけど、匿名じゃない。まったく知らない人たちの集まりじゃない。どういう考えをもっていて、どういうことが好きなのかだけは知っている。変なこと書いて嫌われたくないってのが先に来て、当たり障りのないことで濁す。
きっぱりやめればいいのかもしれないけれど、それも味気なくて、しがみついている。結局は毒舌な批評家気質の嫌なやつなのが自分で、それを取り繕うとするから疲れる。