生の鶏卵が書く日記

夢はおいしい卵かけご飯になることです

特に何があるわけでもない日記

落ち込んだり浮上したりを繰り返しています。
ライブドワンゴリーダーはまだ生きているんですが、ゾンビかな? 8月末までのはずでは?
とりあえずどこにも移行しないので、使えるまでは使います。

秋アニメはディエスイレが楽しみ。
PC版もPSP版も、予約購入したくせに、フルコンプしていないっていうね……いかんせん長いのがキツくなってきた。
厨二全開の世界観は好きなので、やっとこれで物語が把握できる。
シリーズ構成を正田さんがやってくれているので(脚本も?)そこは期待できるかな。
エロゲは分岐があるので、下手にアニメにすると、全ルートをかいつまんだ結果、中途半端な出来になることがあって、その点、原作のシナリオライターさんがやってくれるなら信頼できる。
最近、アニメ見るのもキツくなってきてね。
ニチアサも気に入った作品だけ見て、プラスして深夜アニメを1本くらい視聴継続すればいいくらい。今のところビルドが面白くていい感じ。
アニメ見るのは体力いる。とりあえず秋はディエスくらいは見続けたい。

色々落ち込むことが多い。
努力というものをしてこない人生だったので、今さらになって、壁にぶち当たっている。
自分が楽に進める道しか、通ってこなかった。なので、努力のやり方というのを知らない。いわゆる真面目系クズ。
自分の才能のなさがほとほと嫌になるし、疑心暗鬼にもなっている。つらい。
体の調子が悪いのもこの辺が原因なんだろうなあと。すぱっと諦めれば調子が戻るかというと、そうでもない気がする。今度は諦めたことに対するストレスが来そう。
にっちもさっちもいかんなあ。

とりとめもない話

前回、旅というか遠出に出掛けたのが1ヶ月半ほど前。
もうどこかに出掛けたくなっている。
案外保たなかったな。
一人でどこか知らない場所をふらつく時間が、自分には必要だ。
まあ金銭的な余裕から次に旅行に行けるのは、来年かな。それまでは旅行の妄想でもしながら生きていよう。
人といると疲れる。リセットをするためにも、旅行がしたい。
別に観光地に行かなくてもいいんだけど、人が多いところがいい。誰にも自分のことを注目されず、大多数の中に埋もれたい。

ところで最近断捨離を進めている。いっぱいある本も、気にくわないものは捨てようと。それにしても表紙を見ても内容を思い出せないので、1冊ずつ読んで判断している。この作業、すごく時間がかかる。多分年単位。
初めて読んだ時点でちゃんと仕分けしておかないと駄目だな。気に入らないのはどうせその時点でいらないわけだし。
読み返しながら、気にくわない内容だったのを途中で思いだしたり。すごく時間の無駄な気がする。
時間は有限で一生のうちに読める本の冊数って決まっているので、それなら人生の内、1冊でも多く面白い本を読みたい。

そこからは小さく見えたあなただけが優しく手を振る

さようならライブドワンゴリーダー。

移転先を探していたが、結局、どこにも移転しないことに決めた。
思えばライブドワンゴとも紆余曲折あった。
Googleリーダーが亡くなる際、英語が苦手すぎるせいでどうしても日本語リーダーが良かった私は、ライブドアリーダーへと引っ越ししたのだった。
貴重な国産RSSリーダーとして毎日愛用する日々だったが、すぐに一度目の別れ話が。
救ってくれたのはドワンゴだった。

RSSリーダーというのはもう、オワコンなのだろうか。
ブログという文化は昔ほど栄えてはいないかもしれない。しかしやはり、SNSではブログの代わりにならない。また、noteなどのサービスも。
私はやはり、ブログが好きだ。何だかんだと、SNSはコミュニケーションの場だ。その場で鍵を掛け、ひとりでブツブツ言っているのが自分なわけだが、まあ、プラットフォームが、そうなっている。
好きなのはやはり、ブログ。月単位、カテゴリ単位。ある程度まとまった文も、短い文も、使い方次第。実に読みやすいじゃないか。
ブログは読むのも書くのも好きなので、RSSリーダーを愛用してきた。RSSリーダーがある生活が、もう10年は続いていた。

去年の暮れ、情報過多が嫌になり、SNSのリスト管理をやめた。
それまで、フォローするまでもない人(主にヲチ目的)はすべてリストに放り込んで眺めていた。じょじょに、その数が多くなってきた。
多くなってくると、色々な意見が目に入る。
他者の意見を聞くことは大事かもしれないが、自分の意見が固まる前に、他者の意見に流されてしまう。それが嫌だった。
久しぶりにアニメにどっぷりハマったのもタイミングとしてある。
例えばアニメなんかを見ても、自分の中で咀嚼しおわる前に、人の感想が目に入る。フォロワーやリストだけでなく、そのなかでRTで回ってくる、知らない人の意見。
それが嫌になって、結局公式アカウントだけを残して、リスト管理はやめた。
フォロワーは元から少ない。その中だけで完結するのが、自分にとっては処理しきれる人数だった。

同じタイミングで、RSSリーダーでの購読ブログも、ずいぶんとダイエットした。
そこで、購読していても更新し続けるアカウントがかなり減っていることに気付かされた。
RSSで購読していたのも、ヲチ目的が多かったので、そういうのはやめよう、と。
それでやはり公式と少しの個人を残して、ばっさり切り捨てて、フォルダも減らした。

ライブドワンゴリーダーが亡くなる今、その中でどれだけ必要なものがあるだろうか。
考えた結果、たぶんどれも必要がない。
ヲチを続けていると、自分がどんどん嫌な人間になっていく。
多分、自分は駄目なRSSリーダーの使い方をしていたのだと思う。
そういうものを昨年末に切り捨てて、あとは惰性で毎日使っていた。いや、確かにまあ便利なんだけど。

情報が埋もれてしまうSNSは、RSSリーダーの代わりにはなり得ないと思う。
RSSリーダーには、なくならないで欲しい。
それでも、自分の生き方や、情報を求めるペースは、過去とは変わった。
昔ほど、情報にこだわらなくなった。人にもこだわらなくなった。
昔の私は、このままライブドワンゴと一緒に消えることにした。
過去の自分にさよならと手を振ろう。
今までどうもありがとう。

触覚過敏というものを知った

タートルネックが苦手で着られません。首元がぞわぞわする。
マフラーも得意ではなく、しっくりくる巻き方しかできない。アクセサリーも付けない。
それだけではなく、ブラウスの襟が首に当たるのも、ものによっては気になり、始終襟を気にするはめになる。
詰まった丸襟も気になり、つい引っ張る。ということで、冬場でも首元はだいぶ涼しそうな見た目をしている。
首だけではない。袖口も生地によっては袖が当たると痛いので、暑くもないのに腕まくりをしたり。
下着も同様。しわが寄っているのが肌に当たる感覚が気になり、用を足すたびに、裾を必要以上に伸ばしてしまう。しかし今度は伸ばしたことによって肌にぴったり密着し、それも気になるので引っ張ってゆるめたり。そのせいで駄目になるのが非常に早い。
家に帰るとすぐにブラも外すし。
あとは例えば腕を伸ばしたとき、袖も引っ張られるじゃないですか。そうすると二の腕に普段当たらない風に生地が当たるので、それも気持ち悪い。
あとは何だろ。座ったときに腹にさわさわ当たるのも駄目。どうにか引っ張って調節する。
他にもいろいろあるけれど、すぐに思いつくのはこんなもん。
人に触れられるのも駄目。美容室とかで肩のマッサージをしてくれるときがあるじゃないですか。確かに肩凝ってるんだけど、触れられるとほんっとうに、くすぐったくて鳥肌がすごい。

こういう体質は、一般的なのだとずっと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
おかしいなと思っているときに、たまたま、感覚過敏という言葉を知った。自分はその中でも触覚が過敏な、触覚過敏というものではないのかと思う。
これくらいの症状だと、そこまでひどくないのかな。自分ではよく分からない。
ただ、これに関しては発達障害の症状?っぽいので、そういった面を自覚したことのない自分には「?」という感じ。
ただただ感覚過敏だけになる場合ってあるのかしら?
前世が裸族だったのかな? 首元に関しては、前世に首絞められて死んだのかなって思ったけど、全身の問題だから多分裸族。
気が付いたからにはどうにか対策を取りたいものです。せめて下着は全部綿にしてみようかな。ブラは素肌でいるより気持ちいい?みたいなのにしてみたら、さわさわした感覚が肋骨にあたる感じが逆に気持ち悪くて、だったら普通のがいい、となったので、試してみて、自分に合うものを探すしかなさそう。
こういう悩みを抱えている人、他にいないものなのかなー。

仙台アニメフェスに行ってきましたよ

東北初の大型アニメイベントと銘打たれた、仙台アニメフェスに行ってきましたよ。
まあ良かった点と改善して欲しい点をいくつか。
出展ブースしか見ていないのでステージは分かりませぬ。

良かった点
空いていて買い物がしやすい。待たない。人混み嫌いにも快適。
グッズ目当てで行ったが、開場一時間後ほどに行ったら、誰も並んでいない。売り切れもなし。
あとはトイレも待たない。仙台国際センターは多分新しい建物なんだと思うのですが、女子トイレがとても多い。大抵他の会場で大型イベントがあるときは女子トイレが長蛇の列になり、漏れるよ!!となるので、そこは良い。そんだけあるトイレだけれども、誰もいない。
受付の列も建物内なので楽。それなりに並んでいたが、さくさく進むので早かった。

改善して欲しい点
値段。
これは入場料に不満があるわけではないんですよ。
混むから当日券じゃなく前売り買ってねーと書いてあったので、イープラスで買っていったが、案の定発券手数料が取られますね。手数料108円也。
で、いざ会場に行ったら普通に前売りと同じ値段で売られてるんですよ。
しかもまったく混んでない。自分が行ったときは、当日券を買っている人は見なかった。
てことは、会場で当日券を買ったほうが安く付くと。
入場の差はあったんですかね。当日券買ってから、前売り券買った人と同じ列に並んだのか? まさかそのまま入場ではあるまい。
というのも、会場内で唯一少し待ったのが、この入場列。といっても15分くらいか?
さすがに前売りの列を無視して入場させるのはないと思いたいが。
そして後から聞く話だと、仙台駅で割引券を配ってたとか何とか。
つまり前売りをイープラスで買った人が一番お金かかってる。
せっかく最初から行くつもりで前売りを買っていた人が冷遇されるのは何だかなあと思わされた。
数百円のみみっちい差ではありますが、ちょっとどうなのか、と思ったのでした。

 

行った時間帯のせいですかね。
駅から出て会場外を見るかぎり、やっているのか不安になるレベルで人がいなかった。
外に食べ物の屋台も出ていたが、人はいない。座って食べる用のテントと椅子もあったが、使用者ゼロ。
ゲートをくぐり建物内に入り、やっと安心した。人がいたので。
しかし入場列を並び終わって出展ブースに入ると、これまた人が少ない。
どのブースも列はない。しいていうならコナンブースに人がいたかなってくらい。
他はまあー、閑散としていて。展示を見ている人もいなければ、買い物している人もほとんどいない。大丈夫だったのか、アレ。
コスプレオッケーだったらしいが、レイヤーも1人しか見なかった。
結局色んなアニメが好きな人なら楽しめるだろうが、1作品しか好きじゃない身からしたら、買い物終われば用もなく。
すたこらと外に出て、やっと外のテントと椅子に数人が座っていた。
滞在時間、入場列に並んでいた時間も含めなければ、買い物もして10分くらい。一応、出展ブースは1周したが、それで終わった。
袋をぶら下げた人が同じ地下鉄で帰っていったので、そういう人は多かったんだろうな。

ステージは大丈夫だったんですかね。
入場の際にフリーステージの整理券欲しいかと聞かれたが、断ったし。てかあの時間で整理券がまだ残ってたということは、どうなんだろう。
有料ステージの入りも気になる。
出展ブースは正直ハンズのほうが人がいたしトイレも混んでた。

次回開催大丈夫ですかね。
次回があるなら、前売りより得をする当日券はどうにかしてもらいたい。何かそれだけで前売り買った自分がばからしく思えたので。

今朝のプリキュアに寄せて

まほプリOPの歌詞のが大好きで、またプリアラにおいてキュアパルフェが虹色であったことで「まさか……」と思う部分があり、まあその辺りはかなり上手く言語化されている方がいて、「これこれ、このこと!」と大いに同意したわけでありますが。

今日のプリアラは本当に最高だった。
これはかなりLGBTを意識して描かれたお話だったのではないかと感じた。
LGBTに関してプリキュアらしい切り口で、子供にも伝わるように描いている。
大友が百合だ百合だと騒ぐような回ではあるけれど、むしろこれは今この作品を見ている小さな子たちへ向けたメッセージが詰まっていたんじゃないかなあ。
百合とかそういうことよりも、性別を超えてふたりが惹かれ合っていく様をとても丁寧に描いていた。
まだふたりの間にある感情は恋愛感情ではないかもしれないけれど、そうなってもいいんだと思わせる、また、それがおかしいことではないという優しい空気があった。
これを見ている小さい子の中には、確実に将来マイノリティとなる子がいるはずで。
また、すでに違和感を感じている子もいるかもしれない。そんな子供たちを優しく包み込み、また、当事者ではない子たちに向けては、こういう関係も当たり前なのだと思わせる説得力があった。
個人的に良いなと思う部分は、アキラさんは服装は男性的であるけれど、母性の強い性格をしているので、そのまま女性としてゆかりさんを守りたい、好きだ(無自覚でも)という気持ちが溢れている部分。
女性が男性らしい服装をしていたっていいし、女性が女性を好きになったっていい。
そしてゆかりさんは、まだ恋をしたことがないという。
その気持ちが向かう先がアキラさんであるかもしれないことを示唆した。

この回のよいところは、お互いの気持ちを「友情」もしくは「恋愛」という言葉で片付けなかったことにある。
お互いにあるものは確かに「愛」だけれど、まだその愛の種類は分からない。
人は愛し方や痛みが、みんな違う。それはまほプリのOPですでに発信されていたメッセージだった。
こういうメッセージを必要としている人は、確かにいる。
たとえば自分だってそうだ。
CCさくらの世界観を何らおかしいことだと思わなかった。当たり前のことだと受け入れさせてくれた。
その後好きになったアーティストや作家もそうだった。LGBTであることをカミングアウトし、その感性を大事にした作品を届けてくれた。
自分が当事者だと気が付いたのは遅かった。それでも、そういう生き方も当たり前なのだと思えたのは、それまでに触れてきた作品によるものが大きい。
私は腐女子であるけれど、その前提にあるのは、LGBTの中には含まれないにしても、性的マイノリティとしての自分だ。
大好きなCPを萌えとして消費して、それで終わりにすることには抵抗がある。
たとえフィクションの世界のCPであっても、その関係を当たり前だと思ってくれる世界で生きていてほしいと願っている。
つまり、LGBTが異常だと思われるような世界は、現実であってもフィクションであっても存在して欲しくないのだ。

このプリアラを見た幼い子たちが、自分が当事者になった場合、または身近に当事者がいるとしった場合、さらに言うと当事者とは関わりのない方々でも、いろいろな性のあり方が当たり前であると受け入れる土壌の一つにこの作品があるのなら、そんな素敵なことはないと思う。

ブログの存在を忘れる

半年ぶりくらいに上京した。
おいしいものを食べたり、色々なお店を見て回ったりするのは楽しい。
田舎に住んでいるので、同調圧力が辛くなってくるときがある。
誰も自分のことを気にしない場所に一人で行くのは好きだ。
人が多いっていいなと思う。
おいしいものも楽しいところもいっぱいある。

少し前まで、さっさと年を取ってしまいたかった。
でも最近、あまり年を取りたくないなあという気持ちになっている。
これが年を取るということか。

最近はあまりTwitterに投稿していない。
相変わらずTLは見てるけど自分では書かない。
それぐらいがちょうどいいかなという気持ちになりつつある。