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生の鶏卵が書く日記

ブログタイトルは仮です

してみむとてするなり

いにしえのオタクって語りたがりだったと思うんですよね。
なんか個人サイトがあって、長文日記があって(ブログではない)自己顕示欲がすごい、みたいな。キリ番とかね。キリ番踏んだ人はイラリク受け付けます。とかね。それでまいど同じ人ばかりが踏むので、「アクセス解析があるのでズルをしているのはわかります! やめてください!」とかね。
今はみんなSNSに移行したのかな。でもやってることってそんな変わりないなって思ったりするよ。自分然り。語りたがりなのは変わらない。
まあ当時サイトを作ってなくて良かったね。もっと痛々しかったので。
作る直前まではいったけど、公開する勇気がなかった。インターネットも月に4時間の契約だったしね。
だからひたすらメモ帳で<html>とか、タグ打つ練習ばかりしていた。図書館からホームページの作り方みたいない本を借りてきて。なんの役にも立たなかったけど。

長い間オタクをやってるとオタクであるというのが自分のアイデンティティになってしまう。でも今ハマってるものを聞かれると口ごもる、みたいな。
昔好きだったものなら言えるし、その作品自体は今も好きなのだけど、それを昔と同じ熱量で愛しているかというと、そうではない。
アニメ何見てるのって聞かれても、特に見てない、せいぜいプリキュアだけど、それだって毎年全話見ることのほうが少ない。(キュアショコラ最高でした)
じゃあ漫画、ゲームとなっても、漫画は惰性で買い続けているものが数作あるだけ、それも切ろうかと思ってて、ゲームはそもそもやらない。昔は18禁ゲームを少々嗜んでいたけれど、それだって今は情報を追うことすらしていない。えっちなゲームってプレイに時間がかかるから離れてしまった。時間取れない中でプレイしてると、エロシーンまで一体何日かかったんだってね。1か月くらい? そんでクリアするまで半年くらいかかったり。小説は好きだから文字を読むのは苦ではないんだけど、自分のペースで読めないのが苦手だったんじゃ? と、今になって分析している。ボイスは全部しっかり聞く派だったから。目で読む早さと声に出して読む早さの違いで、なんか画面に集中できなくなっていった。年を追うごとに。たんに老けたって話ですね。
買ったんだからやらねばならんみたいな義務感と、積んでいるものの多さで、心が折れてしまった。漫画やゲームや円盤、全部さくっと売り払ったときは悲しかったけど、解放される気持ちもあった。
原作至上主義だから二次界隈にも興味ない。むしろ人付き合い面倒くさそうという気持ちが先に来る。
そんな状態でも自分はオタクだと思っているから厄介だ。
新しいアニメが始まる時期には「今期どれ見よう」とか言いながら記事をチェックして、そんで全部見ない。

なんか長らくTwitterもやってるけど、鍵かけたアカウントでひとりでひたすらブツブツ言ってるだけの生活を、何年してるだろうか。8年くらい?
何者だと思われているだろうか。別にいいけど。
ひとりでブツブツ言うだけならブログでもいいかなと思ったのでアカウント取得して始めました。続くかわかんないけど。